どんなものも私に安らぎを与えはしないし

それはまた私がいかなるものにも

安らぎを与えはしないからである

 

自然というのがわからない

この二十年というもの、ずっとわからない

全てがぎこちなく違和感だけの存在

であること

関わらぬよう取り繕うことが

また何よりも他者に土足で侵犯しているのではないのかという疑念

彼等が不思議そうにのぞきこむ瞳に

それを私は確信するのである

 

錆び付いた精神

何万年もほったらかしの空虚

ただどこまでも張り詰めた糸

 

でも駄目だ 

やはり私にはできない

どんな説得の言葉も

届かない

茫然とまえをのみ見開いた眼

 

消える

誘惑である

安寧に迎合することの

ともかくも暫定的な幻想へ

身をゆだねよと

半ば強要される

 

一コミュニティーの存続

の優先

 

もっと核心にある意志はそうではない

ように思う

 

剥がされた時こそその本懐が

垣間見えるはずだと

まだ独りで突っ立っている

 

喜びなどない

そのためだけにだらだら生きているに過ぎぬ

苦しむ

健全な幻想よりも

不健全な真実

 

それさえ追い続けることができたなら

 

大概が不安である

不安の根元には分裂的なもの

或いは破滅的なものがある

 

あらゆる外界イメージは

分裂的主体を縫い合わせて機能させている

道具にすぎない

個人差があるがそれで主体を分裂させずに

耐えれるものとそうでないものがいる

 

 

 

 

日常において

発言することは存在にとって発言内容よりも

重要である

真理であるか、ないかはさほど重要ではないが発言内容が真であることは多くの場合

発言する存在にとって有利なことだ

 

真理にたどりつく時間が

間延びしてゆく

皆が苦しみながら生きている

 

苦しむだけの価値が果たしてこの生に

あったものか

苦しみの代償に得る束の間休息が

生きることの意義を与えうるだけの

価値があったものか

 

そして我々はそれについて真剣に考えて

きたのか