96
弁証法は誤解されている
それは異なる概念どうしをそれらが属している概念で包摂するといった手法だと認識されている。
敵対する概念を乗り越えるには、すでに存在する既成の概念での包括を考えるのみでは、(異なる概念を同じフォルダに整理するだけでは)概念の全体における位置付け、新たな解釈を生み出すことは永遠にできない。
ただそのままで分裂状態は解消もされないし
とくに何が変わったわけでもない。解消されないフラストレーションだけがのこる。
弁証法というものがあるとすれば
それは言語学でいうような共時的なものが通時的に変容するように文節が組み替えられるかたちでしかありえない
現行のものを破壊し書き換えを行う必要性があるのだが、当然のようにそれを拒むのは旧世代の権威だと断言できる。彼らは論理が正しいか機能性の問題を直視するつもりはない。それらは完全に個人的な自己の確立のためのみのために新しき機能を、或いはそれが真理にしろ拒み続けるのだ。
彼自身の確立が揺らぐぐらいなら世界が停滞しても全く構わないということらしい。
95
仮想空間は結局認識の拡張にすぎない
つまり現実でないと考えるのは
たんに現実性を帯びていないという
言い回しすぎない
関係性を理解すればこそ
意味合いがリアリティを着色してゆく
だからといって嘘だとかそういうことではなく、そのまったく逆で我々にとってはリアリティこそが現実なのだと
93
虫のようにわいてくる
生に吐き気を覚えるばかり
生をまっとうする気などもとよりまったくない
運命を信じている
生は呪わしいものであると知っている
特に私に至っては
あの小児のことば
「この中に怖い人がいる」
皆呪わしいもののように逃げていく
巨大な鉄の球がそのアルミのようなメタリックな光で
夜を照らす。まるで吹き飛ばしたかのように回りに灰色の雲の塊が漂っていた。それは巨大すぎるし私を圧倒するには充分すぎる、
月に脅迫される
どす黒い海面を照らしていた、、
原理、原則の宇宙のなかで盲目で聾唖の私にどうしろと
夢中になれない
夢の中で不快なものばかり
逃げ道は
真っ黒な煙の中で自分自身の熱でうなされる
炭のようになって黒煙を吐き出す
心臓は凍てついた氷河の海底に深くゆっくり沈み、やがて鼓動は静かに消える
それなのに指で胸を激しくかきむしらずには居られないようなざわめきが沸いてくるのだ。
人々はこの世の災厄である私を瞬時に感じ取り呪わしい何かに圧倒され
すぐに私から離れたいと一心に思うだろう
早く、早く逃げ出さないと、ここから。
これは存在から最も遠くの何か別の
極めて気まずい何かに違いなく…
腕が、足が苛立ちを感じている
落ち着かない、詰め込まれて
息ができない解放されたい
破滅的とはどういうことなのだろう
彼は破滅に一歩また一歩確実に確信を得て近づいてゆく、積極的というよりは彼の動力がエネルギーがなにか回る車輪に絡みついたように突き進んでしまうのだ
ああ、こんなはずでは
しかし、彼の周辺の人々は実に淡々と生を押し進めてゆくのだ、目の前で事故が起きようと彼らは頓着しない、彼らは用意された料理を食べることにしか興味がないのだ。用意されたコースを堪能し、否それでなきゃならないわけで、決まりどうりの文句を教典のように淀みなく淡々と最後の頁さえあっさりと口にするのだ
彼はそれが納得いかないようです
彼にとっては生、存在そのものが問であり続け、そのなんたるかを探すことが第一の命題らしいのです
ああ、こんなはずでは
ここまで退屈と苦痛が混ぜ合わせられ胃酸と
一緒に吐き出される現実はかれを決して許すことはない
それでも彼は頑なにもう一度その吐瀉物へ果敢にも立ち向かおうとするようです
何故なら
結局ここまで遡らなければからなかったのは
私の存在そのものの中途半端で脆弱性のためであったから
それがために気が狂うように存在の地下を掘り進めたし、その核に存在の分裂性を目の当たりにする羽目になった
外傷性との出会い
多くはある一定の効力を持ち合わせているがゆえにその効能に依拠する健全さを持ち合わせている
ゆえに彼らは遡及する必要がない
我々の精神の核心にみとめられる特徴とは分裂的な認識の断片を統合イメージによって括ることで成り立つ主体ということらしい
自己とは中心にある埋められない空虚の周辺に散らばった断片
彼等が中心へ向かう時私はすごく速く中心より遠くの方へ遠心力で離されていく、
そうなるとますます自己は自己自身を確立しているような気になってくる…
絶望的な空虚に包まれた無気力から一瞬だけエネルギーの塊のように激しくなる。でもまたすぐにおさまってしまう。勘違い
僕には眩し過ぎるんだ
蛍光灯の光さえ僕を傷つけるのには充分だ
情報の巨大な波に溺れて窒息しそうになる
見たくもない聞きたくもない、刺激物ばかり
彼らはまるでマネキン人形みたいにキレイだ
それも吐き気をもよおさずにはいられないほどに
目の裏側で鈍い痛みが脈打って…ずっしり倦怠が身体の意欲を抑えつける…
手の震えを抑えることができない
とにかく退屈と苦痛がずっとスローで流れている感覚…もっと早回しできれば
乞食だ
肉体も、精神も
すべての尊厳を剥奪された存在だからだ
運命から唾を吐きかけられ、思いっきり石を投げつけられ、残飯をぶちまけられる。もはや、抵抗する術を持たず、ただ身体をビルの壁にもたれかけて宙をぼんやりと眺めているだけ
でもその姿こそ存在の姿を最もよく表した象徴的なものなのだと私は思う
皆そうはなりたくないから幻想の衣を纏う
私はいままで主義者でないものを見たことがない
誰もがそれを手にしてしまう
生きているって最悪だ
90
認識の弁証法における統合は否定性(差異)による文節の顕在化である
そして機能的でなければ文節は暫定的にせよ定まらない。その状態は主体に置き換えれば境界例や統合失調に生じていることと同義である。
考えられることは自閉症及び周辺の精神疾患がもし増加傾向を示しているとするならば、
それは弁証法が上手くいっていない、統合、分節化が上手く行われていない現れではないのか。
機能的分節化を実現し統合イメージを抱きうることができたのであればこの現象も収束するのかもしれない
言語領域の一概念も共時的には同一のシニフィアンを示していても通時的にみれば世代間の抱いている、解釈しているものがまったく異なる
つまり表面で交換されているかのような記号も双方間で完全に齟齬が生じている
もし現状の社会現象がまったく以前の概念(文節)で解釈され続けるのだとしたら、否、現にそうであるのだが、場所を獲得すること難しい。旧文節によって強引に用意された檻にいれられるか、存在しないものとしてみなされる。そのような意味でも政治というジャンルそのものもまた旧文節によるかつて機能していた概念にすぎない。であるならば、それは同様の政治で解消できるものではなく、枠組みの中で変革するのではなく、枠組みそのものの解体、再構築、再分節化が必要なのだ
84
とにかく一番我慢ならないことは
自己の無意識下では知っていることを意識では知らない、或いは敢えて知りたくないという連中が恐ろしく存在しているということだ。
結局、コミュニケーションはメタメッセージ以外でとる手法がないのだ。
疲れてしまった。およそできることと言えば何もない。部屋の隅でただ口を半開きにして突っ立てるしかどうしようもないことなのだ。何の抗いも効力を持たない。
丁度崩壊した学級の日常生活のようなものである。実質的にはもはや機能していないのに名目上の括りだけがある。
これが存在の現状であり、この先も気の霞むほど遠い暫定の内に続いてゆくのだろう。
憂鬱である
もう生きる気がしない
79
私は私に何が生じているのか
私が何なのかしか興味がない
ただ他者の口からそれを確認することはまず不可能なことだ
何故なら彼等はまったく真であることを語るのを好まない
そもそも語るという行為は彼等にとって現象を正確に語る分析するよりも、自己の存立をかけたコミュニケーションの仕方でしかないからだ
この点は実に絶望的というほかない
生の多くの点で我々は迂回して真をさがすほかないということ
私は独りだ
他者にとっても私という存在が不快な存在だ
勿論口を割ることはないが
それは彼等に不利益であるからでしかない。
この苦悩から解放されるのであればどんなに喜ばしいことであろうか…
毎日毎日をただやり過ごしていいのだという
それで納得してしまおうという彼等こそ苦悩を助長し、蔓延させる元凶にほかならない
それは彼等が外傷性を味わっていないからに過ぎない。何より安い酒や、くだらない物語、無意味な愚痴で取り敢えず彼等の生活は外傷性から守られるからだ。外傷性は常に我々の核心にあり続けている、老人が施設でわめきちらすように。すでに内在しているし、現にそれである。多くの人は認めない。今できる私が何故あの糞まみれの老人なのだと、私はアレではないとはっきり云うことだろう
しかし、私がそれでないと、思えるのは偶然にすぎない
78
当初、目的というものは存在していない
認識あるいは行為が空間的意味でも、時間的意味でも、二点を二点にして相違を確定させるときにはじめて主体において目的は生み出されるといっていい。
論理は浮き彫りにすることが可能となる
言語、知覚認識、数学、あらゆる道具という道具によって